蘭州から固原へ 開場遺跡

3日めは、蘭州から固原へ396キロをバスで走ります。六盤山という山に沿いながらの移動です。
六盤山は、あのチンギスハーンが病没、そして国民党に敗れた中国共産党(紅軍)が長征で最後に越えた高山です。

実は、はずかしい話ですが、最後は延安にたどりついた中国共産党ですからこのあたりの山を越えたのだろうと思っていましたが、チンギス・ハンがここで亡くなったということをコースを考えていて初めてしりました。勝手にモンゴルで死んだと思っていました。雄大なユーラシア大陸を舞台に活躍した人物ですから、不思議はないのですが・・・・。そういえば、これから行く西夏王国を滅亡させたのは、チンギス・ハン率いるモンゴル軍です。

いいかげんなガイドは、街から横道に入った所で、この辺りですと説明。歴史的にも立証されていなにようですので、それもありかとみんな 写真撮影。それを見ていた村人が、近づいてきて
先へ行きなさいと教えてくれました。バスでしばらく走るとちゃんと碑がたっていました。

これがその碑です。
あたりは、こんな風景です。

よく調べてみたら開城遺跡はチンギス・ハンの三男マンガラの避暑邸宅があった場所のようです。そこで チンギス・ハンがなくなったことは考えられますね。いづれにせよ確たる証拠がないわけです。これも歴史のロマンでしょうか・・・・。と不勉強なといかわは、納得したのでした。